衛星コンステレーションによる次世代インターネットサービスの行方
衛星インターネットサービス市場
SpaceXが提供する「Starlink」衛星インターネットサービスはご存知だろうか。名前の通り、衛星を使ってインターネットサービスを提供するものだが、この実現性や将来性について、先行するStarlinkを中心に動向を見ていきたい。
世界のインターネット利用人口は、約47億人で世界総人口78億人の約60%に相当する(2021年4月 Digital Around The World)が、未だ30億人以上の人や地域でインターネット利用ができない状況にある。これに対して、世界中の極地、山間部や過疎地にまで高速インターネットアクセスを提供しようというのが、衛星インターネットサービスである。
SDGs的に考えれば、デジタルデバイド(情報格差)をなくして教育機会や様々なサービスへのアクセス機会を提供することにより、誰も取り残さない社会を実現しようという高尚な試みに思える。しかし、既に世界人口の60%がインターネットアクセスできていると考えれば、残り40%の市場を確保だけでなく、もっと大きなビジネスチャンスがあるのではないかと勘ぐってしまうのは私だけではないはずだ。
モルガン・スタンレーの予測では、IoTやクラウド関連の爆発的な需要増加に伴い、衛星インターネットサービスにより、データ通信コストの低下がさらに進むと考えている。2040年までに1兆ドル(100兆円)の市場規模になると予測している。
衛星コンステレーション
衛星インターネットサービスについては、既存プロバイダーが存在していない訳ではない。米国ではViasatとHughesNetという企業が、現行もサービスを提供している。現行の衛星インターネットサービスは、静止赤道軌道(GEO)衛星と呼ばれ、地球から2.2万マイル(3.6万km)の赤道上空を地球の自転速度とほぼ同じ軌道速度で周回し、地球の固定領域をカバーしています。地球上から距離が離れているため、3つの衛星で世界の全地域をカバーすることが可能ですが、遅延が大きく通信速度は高速とは言えません。現行2社が提供する通信スピードは、下り12-100Mbps、上り3Mbpsです。
一方、Starlinkは、低軌道(LEO)衛星を使用します。地球上から620マイル(1,000km)軌道を周回する小型衛星と、さらに低軌道の341マイル(550km)を周回する小型衛星を配置し、複数の小型衛星群をネットワーク化する「コンステレーション(星座)」を構築して運用します。低軌道の衛星コンステレーションは、カバーエリアが小さくなってしまうため、衛星の数は非常に多くなりますが、低遅延の高速なブロードバンド通信を実現することが可能になります。
Starlinkは、最大12,000基の衛星の打ち上げを計画しており、既に米国連邦通信委員会(FCC)の承認を得ています。なお、4/27に当初計画の1,000km軌道に配置した2,824基を550kmの低軌道へ移動させる計画変更を行なっており、元々550kmの低軌道にある1,584基と合わせて、全て低軌道の4,408基のコンステレーションを構築する予定です。現在の衛星打ち上げペースであれば、この4,408基は2021年末までに軌道上に配備されると思われます。長期的な計画としては、42,000基のメガコンステレーションの構築を目指しています。
Starlinkベータサービス
Starlinkは、既にベータサービスを開始しており、米国、カナダ、英国、ドイツ、ニュージーランド、フランス、オーストリア、ベルギー、オランダの9ヶ国で提供されています。現在提供している通信速度は50〜150Mbps(下り100Mbps、上り20Mbps)で、今年後半には300Mbpsに達するとしている。将来的には、衛星数の増加とソフトウェアの改善により、下りの通信速度で1Gbps、さらには10Gbpsへ引き上げ、最終的には100Mbps以上になることを想定しています。
GEOベースの衛星インターネットと比べて、明らかに高速で低遅延な通信が実現されます。また、4G LTE通信では、一般的な下り通信速度で168~299Mbps、5G通信では理論上の最高速度は下りで10Gbps、将来的に20Gbpsにまで上がるとも言われていますが、現在の5Gの最大速度が4.2Gbps程度であることを考えると、Starlinkが早々に通信速度を上げてくれば、5Gの潜在的脅威にもなり得るのはではないでしょうか。
ベータサービスの価格は、月額99ドルに加え、499ドルのユーザー端末(受信アンテナ、三脚、ルーター付属)を購入することになります。
既存のViasatやHughesNetが提供するGEOインターネットサービスの価格は、月額50〜150ドルで、設置機器の購入額も300〜450ドルなので、大差はないように思います。むしろ、通信速度の差を考慮すれば、十分に競争力のある価格設定だと言える。また、Teslaの戦略と同様に、ユーザー数の増加と共に価格を下げてくる可能性も十分に考えられます。
その他の衛星コンステレーション事業者
Starlink以外にも、LEO衛星コンステレーションによるインターネットサービスを提供しようとしている事業者はいくつか存在します。それぞれ、低軌道(LEO)でありますが、衛星が配置される距離は地上1,000km前後にあり、Starlinkよりも高い軌道にあるため、衛星の数は極めて少ないことが分かる。また、衛星打ち上げロケットを外部委託していることや、サービス対象を企業ユースに絞るなど、各社の戦略の違いを垣間見ることができる。
OneWeb
OneWebは、かつてソフトバンクの投資先であったが一度破産し、英国政府とインドのBhartiグループが中心となって救済して事業を再開している。OneWebは、地球上から1,200kmの軌道上に648基を配備するLEO衛星コンステレーションで、現在146基が打ち上げられており、2021年中のサービス開始を目指している。なお、OneWebの本拠地は英国であるが、衛星は米国フロリダ州にあるOneWebとエアバスとの合弁施設で製造され、衛星の打ち上げはフランスのArianespace社が、ロシアのソユーズロケットを使用して行なっており、まさにグローバルな運営体制をとっている。
OneWebのコンステレーションは、5G対応を発表しており、衛星システムと地上の5Gネットワークとを接続可能にするアーキテクチャを確立している。これには、新たにJoey-Satと呼ばれるビームホッピング衛星により、通信需要の急増や災害時などの緊急事態に対して、リアルタイムに通信カバーエリアを切り替えることが可能なシステムを採用している。
Telesat
Telesatは、GEO衛星を15基以上運用しているカナダ企業で、「Lightspeed」と呼ぶ LEO衛星コンステレーションを計画している。Thales Alenia Space社によって製造される衛星298基で構成され、2023年後半から商用サービスを開始予定している。Telesatの戦略は、エンタープライズ市場に焦点を合わせており、テレコムキャリア、MNO(モバイルネットワークオペレーター)、ISP(インターネットサービスプロバイダー)にサービスを提供し、航空、海事、政府関連にバックホール接続とブロードバンドを提供するように設計されている。
Amazon Project Kuiper
Amazonが計画する「Project Kuiper」は、630kmの軌道上に3,236基の衛星を配備するLEO衛星コンステレーションを計画している。最初の衛星打ち上げは、2023年に計画されており、578基の衛星の配備が完了する2024年に商用サービスを開始する予定。打ち上げロケットは、AmazonのBlue Originではなく、ボーイングとロッキードマーチンの合弁会社の United Launch Alliance が所有する9つのロケットを利用すると公表している。
Starlinkの打ち上げロケット
Starlinkは現在、SpaceXの再利用型ロケット「Falcon9」を打ち上げ用に使用していいる。1回の打ち上げで60基の衛星が搭載可能で、2週間ごとに打ち上げるペースで年間約1,500基の衛星を宇宙に送り出す。さらに「Falcon Heavy」を使用した場合には1回に250基の衛星が搭載可能だと言われる。最終的に「Starship」ともなれば、1回の打ち上げで400基の衛星が搭載可能だと想定されている。
Starlinkは、他のコンステレーションプロバイダーと異なり、自社で打ち上げロケットを保有し、打ち上げ自体も自社で完結させられる点は、コスト的にも大きな優位性がある。LEOはGEOと比較して、必然的に衛星の数が多くなるため、衛星の打ち上げコストを外部に委託することは大きな負担となってしまう。また、1回でどれだけ多くの衛星を打ち上げれるかも非常に重要なポイントですが、打ち上げ失敗のリスクを考慮する必要もあります。幸にして、Falcon9は既に5月末時点で連続100回の打ち上げに成功しており、その信頼性も高まっています。
LEO衛星コンステレーションの課題
LEO衛星コンステレーションでは、低軌道域に数千の衛星が飛び交うことになります。そこで心配されているのは、天文観測を阻害する問題と宇宙空間の交通管制とスペースデブリ(ゴミ)の問題です。
2019年5月にStarlinkの最初の60基の衛星が打ち上がった後、肉眼でもその衛星群が観測され、天文学者たちは一斉に懸念を表明した。問題は衛星の明るさで、その明るさが天体観測を阻害する影響があるためだった。その後、Starlinkの衛星には太陽光の反射を緩和するサンバイザーが搭載され、6等級以下に抑えられている。但し、他社のLEOコンステレーションを含めて膨大な数の衛星が使用されることから、今後も光害などの問題が発生する可能性は拭えてはいない。国際的な規制整備が必要になってくるだろう。
2020年3月にStarlinkとOneWebは、衛星衝突のニアミスを犯している。双方の衛星は衝突を回避したが、190フィート(約58m)以内の距離を通過したということが報告されている。OneWebの衛星軌道は、Starlinkより高い軌道にあるが、OneWebの衛星がそこへ移動する際にニアミスが起こった模様だ。Starlinkの衛星にはAIによる自動衝突回避システムが搭載されていると言うが、実際にはそのシステムは使われずに、OneWebの衛星がコース変更を行なったと伝えられている。
また、LEO衛星の寿命は5〜7年で交換が必要とされているため、デブリとなる衛星の除去方法の確立が重要になっている。OneWebとTelsatは、Astroscale社と契約してデブリの除去技術の開発を進めており、2024年に実証テストを行う予定です。
LEO衛星コンステレーションの可能性
ようやく5Gネットワークが本格的に立ち上がってきた状況ですが、そのカバーエリアはまだまだ限定的です。また、ローカル5Gを使って特定の地域や企業などの局所的なエリアでのブロードバンド活用を模索していますが、期待するような成果や事例はまだあまり多くはありません。パンデミックにより、リモートワークやオンラインビデオ会議が浸透した今、場所に囚われず、どこにいても同じ品質のブロードバンド環境を享受できることが求められている。
LEO衛星コンステレーションは、単に全世界のインターネットアクセスできない人達のためだけでなく、限定的なサービスエリアという5Gの課題感やビジネスや生活のグローバル化の加速を支援する手段として、今後さらに重要な役割を果たしていくのではないでしょうか。
少なくとも、テレコムキャリアやクラウドプロバイダーは、LEO衛星コンステレーションと5Gネットワークとの接続を想定した動きをしているし、過疎地域だけでなく、収益性の高い都市部までもLEO衛星コンステレーションのターゲットになる可能性があるとの指摘もあります。
既に、Microsoft とGoogle は、SpaceXと戦略的なパートナーシップを結んでいます。Microsoftは「Azure Orbital」と称して、衛星と地上局(MDC:Modular DC)を結び、Azuruへ直接データを取り込むサービスを開始しており、Starlinkだけでなく、SESのO3bの中軌道(MEO)衛星コンステレーションとも連携を図っている。
Googleも同様にGoogle Cloudのデータセンターに地上局を設置し、StarlinkとGoogle Cloudを直接接続することになっている。
Amazonは、Project Kuiperの始動を待って、衛星と地上のクラウドサービスとの連携を自社内で実現することは想像の通りであろう。
意外と言っては失礼だが、日本勢にも同様の動きがある。今年5月にNTTとスカパーJSATが宇宙空間でのICTインフラを構築するとして提携を発表している。スカパーJSATは、LEO衛星は保有していないようだが、2017年にLEO衛星サービスを持つKSAT(ノルウェー)と提携していた経緯はあるようだ。
両社の構想は「宇宙統合コンピューティングネットワーク」を実現していくというもので、2026年には宇宙センシング事業、宇宙データセンター事業のサービス提供を開始するという野心的な内容となっている。
LEO衛星コンステレーションには、まだ実装されていない機能がある。それは、衛星間をルーティングする機能で、光レーザーを使用して各衛星を相互接続する機能です。軌道上の衛星と地上のゲートウェイやエンドユーザーの位置は常に変化し、衛星同士の位置関係も変化するため、これらを効率的にルーティングし、最小のホップ数で衛星間を接続する必要がある。特に海上船舶、航空機、輸送トラック、自動車などを含めた長距離移動体に対して重要な機能になってくるだろう。
ただし、Starlinkは、航空機向けインターネットサービスの提供を複数の航空会社と話し合っており、2021年中にはルーティング機能を実装した衛星を打ち上げ予定とも言われているので、技術的に高い障壁がある訳ではなさそうだ。
このように、衛星をコンピュータリソースと見立てれば、宇宙空間における分散コンピューティング環境が構築できるのではないかという発想が生まれる。LEO衛星コンステレーションが、通信媒体としての機能だけでなく、データストレージ、エッジコンピューティングといった機能を兼ね備えてくことは、十分に想定される。それらを実現しようとする OrbitsEdge、LvteLoop、Loft Orbital、LacunaSpace などといった様々なスタートアップも生まれてきている。
まだ、LEO衛星コンステレーションは始まったばかりで、単にデジタルデバイドを解消するだけなのか、クラウドサービスと連携して宇宙と地球の効率的なハイブリッド環境を実現するのか、はたまた宇宙空間におけるコンピューティングインフラを拡充していく形に発展していくのか、まだ明確な答えは出せません。
しかし、わずか3〜4年のうちに各社のサービス提供が出揃うことを考えると、宇宙を取り巻くインターネットビジネスの展開に期待が膨らみます。
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