カリフォルニア州では、屋内でのマスク義務なども解除され、コロナ前の平常時に少しづつ戻りつつある。
2年近く在宅勤務を続けていたテック企業の社員も、2月末から3月に入って任意でオフィスに出社し始めているようだ。公式なオフィス再開は、オミクロン株などの影響で何度か延期されてきたが、今回は予定通りに進みそうな気配である。
ビックテック企業のオフィス再開
Googleは、4月4日の週からオフィスに戻るようにアナウンスがされた。週3日オフィスに来て、2日はリモートワークというハイブリッドワークを想定したものだ。オフィスのほか、カフェやレストラン、マッサージ、ジム、シャトルバスも再開する。施設の利用は、ワクチン接種していることを前提としているが、事前のCOVID-19検査などは除外された。
Appleは、4月11日より少なくとも週に1日はオフィスに戻るようにアナウンスされた。その後、週に2日出社、5月23日以降は月曜日、火曜日、木曜日に出社するように指示しているようだ。
Microsoftは、オフィス再開を無期延期としていたが、いちはやく2月28日付けで本社のあるシアトル地域で再開している。
Twitterは、3月15日からオフィスを完全に再開し、出張も再開されるとのことだ。ただし、フルタイムでのリモートワークも許容されており、最も生産的で創造性を高められる場所で働くことを望んでいるとメッセージされている。
「大量離職」により混迷続く
このように、各社はオフィス再開を発表しつつも、その取り組みはまだまだ手探り状態といったところだ。元々テック業界の人材は流動的であったが、リモートワークが長らく続く中で、ますます優秀な人材を引き留めたり、新しい人材を獲得することは難しくなっており、各社は頭を悩ませているようだ。
Twitterは最近「Future of Work Innovation」のチームを率いる新たな責任者を求人募集している。他にもGoogleは2019年から「Future of Work & Workforce Planning」ディレクターを置き、Metaは2021年に「Future of Work Movement」ディレクターを就任させている。
また、Amazonが、基本給の現金報酬の上限を現状の2倍の35万ドルへ引き上げたというニュースも記憶に新しい。
しかし、賃金報酬だけが従業員を引き留める施策になるかといえばそうとも言い切れない。最近は「Great Resignation(大量離職)」と呼ばれる言葉を多く見かけるようになった。これは、パンデミックにより働き方や生活環境が大きく変化したことで、極めて多くの人たちがこの1年以内に転職や退職をしているということだ。その要因は様々であるが、リモートワークによるストレスが大きな要因になっていることは否定できない。
ビデオ会議中心のコミュニケーションは、実際に対面した時とは大きく異なる。ビデオ会議中の発言のタイミングやそれに対する反応の難しさ、画面越しでしか会ったことがなく、オフラインで雑談や挨拶さえ交わしたことがない人たちへの無意識の偏見や先入観を持ってしまうことがある。実際に白人男性が多いテック業界では、女性や有色人種の離職率が高く、在職期間も短いという統計があり、リモートワークにより正当に評価されない、キャリアアップが望めないという理由で退職するケースが増加していると言われる。
また、パンデミック前から家賃や生活費の高かったベイエリアに疑問を持っていた人たちは、リモートワークが可能になったことで、こぞって家賃や生活費の安い地域に移住した。ベイエリアのテック企業の給与の高さは、この土地の生活費の高さに裏打ちされたものでもあったため、Metaのように安い地域に移住した社員の給与を地域に合わせて減額した企業が多数あった。しかし、給与が減少しても広い家や庭を求めて移住を決断した社員たちは、後に安い地域にいながらもベイエリア相当の給与額で転職が可能になる状況が発生している。多くの企業は、ベイエリア以外の地域での採用を積極的に行うことに加え、優秀な人材獲得のために給与水準が上昇、Stripeのように安い地域へ移住する社員に20,000ドルのボーナスを提供するなど、離職を減らす施策をとる企業も出ている。
大量離職の要因が賃金報酬でなかったとしても、柔軟な働き方や豊かな生活環境へ移行ができれば、それに加えて賃金条件が良ければ、それに越したことはない。インフレ懸念が高まる経済環境の中、より高い報酬を求めるのは自然なことである。
各地のテック人材の平均報酬額は、下記のようにベイエリアと他の地域差が少しづつであるが縮まりつつある。
カリフォルニア州サンフランシスコ・・265,000ドル
ワシントン州シアトル・・・・・・・・243,000ドル
ニューヨーク州ニューヨーク・・・・・223,715ドル
コロラド州ボルダー・・・・・・・・・213,656ドル
マサチューセッツ州ケンブリッジ・・・208,279ドル
ペンシルベニア州ピッツバーグ・・・・199,480ドル
ニュージャージー州プリンストン・・・194,653ドル
アリゾナ州テンペ・・・・・・・・・・190,575ドル
オレゴン州ポートランド・・・・・・・182,152ドル
バージニア州ハーンドン・・・・・・・177,288ドル
イリノイ州シカゴ・・・・・・・・・・173,991ドル
マサチューセッツ州ボストン・・・・・173,659ドル
テキサス州オースティン・・・・・・・171,981ドル
< 米国のソフトウェアエンジニアの給与が高い都市Top50 >
The Top 50 Best-Paying Cities for Software Engineers in the United States
ハイブリットワークがもたらすオフィスの未来
各社がオフィス再開を宣言しつつも、完全にはパンデミック前には戻らない。週2〜3日出社して、残りはリモートワークのハイブリットワークが主流になるのは間違いないだろう。
そうなると、広大なオフィススペースや充実したアメニティ施設の縮小、オフィスの役割そのもののを見直していかざる得ないでしょう。米国の不動産会社の調査では、企業は保有する不動産の20〜30%を手放しているという。
オフィスは単に仕事をする場所から、企業文化やチームの関係性を醸成する場所として目的を変えつつある。
Dropboxは、オフィスの呼称を「スタジオ」と改め、チームミーティングや四半期ごとの戦略会議、コンサートなど、全員参加できるような場所としての活用へ移行している。
KPMGは、オフィスの中心にある最も美しい場所を、顧客を招き入れて活用できる共有ワークスペースへと変貌させた。
各企業は、社員や顧客が本当に何を求めているのかを把握しようと躍起だ。センシング技術を使って、社員がオフィスに出社する曜日や人数、その規則性、対面でのランチやカフェの利用などを把握しようとしている。オフィス内に用意されていた豪華なアメニティ施設をやめ、ランチを自宅へデリバリーしたり、近所のジム利用の補助金を出したりすることもある。新たにチャイルドケアの施設を作るケースもあれば、自宅にチャイルドケアのサービスを提供する企業もある。
また、社員の年齢や家族構成などを把握することも重要だ。週末の夜にオフィスで映画の上映イベントを企画しても、小さな子供がいる社員が多い場合には、あまり人気がないようだ。メンタルヘルスの崩壊は、家族と一緒に生活している人よりも、一人暮らしの若者のほうが多いということが示すように、社員のプライベートや生活スタイルにまで踏み込まないと本当のニーズは把握できないのかもしれない。
Salesforceは、オフィスのコラボレーションスペースを40%から60%に増加させ、現在世界に110ヶ所あるオフィスの80%は既にオープンしているという。また「Salesfoce Towe」と呼ぶ象徴的なコミュニケーション施設を併設したグローバルオフィスを、新たにシカゴ、ダブリン、シドニー、東京の4ヶ所に開設する計画をしている。
さらに、カリフォルニア州スコッツバレーという自然豊かな場所にある「Trailblazer Ranch」と契約し、社員のためのウェルネスセンターを設立した。ここでは、ネイチャーツアー、ヨガ、グループ料理教室、瞑想などの様々なアクティビティが用意されており、チームビルディングや新入社員のオンボーディングなどに活用されていく。ここはオフィスではないが、文化や精神的なつながり、コミュニティ参加による安心感や喜び、価値観の共有など、孤独を感じていた社員にとって魅力的な場所になることだろう。
このように、全ての企業がオフィススペースを縮小しているわけではない。特にビックテックのオフィス用不動産への投資は非常に際立っている。
Googleは、ニューヨークのハドソンスクエアにある巨大なビルを昨年9月に21億ドルで購入した。Googleは、ニューヨークで既に12,000人を雇用しているが、今後新たに2,000人を雇用する計画だ。
Amazon、Meta、Appleなどもニューヨークに多額の投資を行っており、Amazonはパンデミック初期の2020年3月に5番街にあるビルを15億ドルで購入している。
ニューヨークでの不動産購入は、パンデミックにより入居率が減少して資産価値が下がっているタイミングでの資産投資の側面がゼロだとは言い切れないが、表向きは多様な人材の獲得が主な目的だと言われる。今やベイエリアだけに優秀な人材が集まる訳ではなく、全米各地に散在する有望な人材をいかに獲得し、長く引き留めておくかは、ビックテックといえども至上命題ということなのだろう。
ビックテックに関しては、パンデミック前から計画されていた大規模なオフィス開発についても今一度注目しておきたい。
Googleは、カリフォルニア州マウンテンビューの広大な場所にオフィスと1,850戸の住宅、商業施設、公園などを含む複合施設の開発を進めている。同様にサンノゼダウンタウンには、オフィスと最大5,900戸の住宅を含む土地開発を計画している。
Amazonは、バージニア州アーリントンに25億ドルの大規模なオフィスと商業施設を併設したビル開発に着手している。約25,000人の従業員を収容し、シアトルに次ぐ第2本社として機能する計画だ。特徴的ならせん状の建物には、多くの木々や植物が植えられ、円形劇場や遊歩道、ドッグラン、950台の駐輪場など、環境への配慮とクリエイティビティが強調されている。
これらのビックテックの多額のオフィス環境への投資は、ハイブリットワークという働き方を許容しながらも、オフィスは企業文化の重要な役割を担い続ける場所として考えている証であろう。資金の豊富な巨大なビックテックだからこそ可能な環境づくりという側面はあるものの、自社の社員だけではく、地域住民や環境、様々なコミュニティへの配慮が重要視されていることは間違いない。
ここまで見てきたように、ビックテックでなくとも、柔軟なハイブリットワークが常態化していく中で、オフィス環境だけでなく、自宅を含む生活圏との調和や健全性の確保ということが企業に求められてくる時代になっていくのではないでしょうか。
また、オフィスと住宅という物理的な場所の快適性の追求だけではなく、精神的な安定や人との交流によって生まれる感情や新たな気づきを求めてオフィスに出向くというように、オフィスが「心の拠りどころ」になる必要さえあるのかもしれない。
一方で、企業はずっと自宅に引きこもっているような人を許容する寛容さも兼ね備えていなければならないという難しいバランス感覚が求められているようだ。
いずれにしろ、オフィスや企業といったものに人格はなく、偶像化するのは誤りであり、社員が心地よく自らの意思で積極的に働くためには、オフィスや企業にいる「人」そのものが重要であり、上司や同僚、顧客など、自分とそれを取り巻く人たちとの信頼関係や安心感を構築していくことこそが、オフィス再開が始まるこの時期に求められていることなのではないでしょうか。
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