CES2022 ラスベガスに行ってきました。今年のCESの全体像や注目のトピックについては、Kevinが別のレポートにまとめてくれています(本稿の内容も含まれています)ので、そちらを参照下さい。ここでは、すごく狭い範囲の話題に絞って、現場で感じた想いを綴っています。
展示会場を歩いてまず気づいたことは、アジア人が意外に多いということだった。しかし、2年前の見た光景とは異なり、明らかには中国人ではない、それは韓国人であった。展示会場も主要な韓国企業に加え、スタートアップ企業が多数出展するエリアでも韓国企業の数が極めて多かった。ここでは、ソウル市が主導してハイテクスタートアップを北米市場へ売り込みを図っていた。報道によると、出展企業数としては米国企業に次いで韓国企業が約500社と2番目に多かったようだ。音楽やドラマなどのエンターテーメント分野において、韓国のコンテンツは完全に北米で市民権を得ている状況から考えれば、同様にハイテク分野でも北米市場に一気に浸透を図っていきたいという勢いが感じられた。
韓国企業の代表格として、サムスンが今回のプレステージで基調講演を行なった。講演の骨子は、サステナビリティ(持続可能性)とパーソナライズとシームレスなカスタマーエクスペリアンス(顧客体験)と言ったところだろうか。
サステナビリティは、CES全体の大きなテーマでもあるが、韓国企業のLGのアプローチが際立っていたので、少しだけ触れておこう。展示ブースは、センター会場の入口正面の好立地にもかかわらず、木材を使用した簡素な柱があるだけの広いスペース。よく見ると各所にQRコードがあり、それをスマホで読み取って同社の製品をARで浮かび上がらせて見せるという仮想展示の方式を取っていた。AR表示させるためには、専用のアプリをダウンロードする必要があり、すぐにダウンロードが終わるような容量や通信環境でもない。もちろんアプリをダウンロードすることなく、LGブースをスルーすることになった。これは現地出展を取り止めた企業の苦肉の策なのかと思ったが、後でLGのHPを確認すると11月末にはこの仮想展示を行うことが発表されていた。実物展示を行わないことで、製造、輸送、電力使用などのCo2排出量を100tほど削減したことになるという。サステナビリティを重視したマーケティング戦略であることは頷けるが、これではオンライン展示で十分であり、わざわざ現地で見る必要はないということになり、不満を持った来場者が多かったのではないだろうか。
さて、サムスンに話を戻すが、日本の大手家電メーカーなどは軒並みブース内の出展は最小限に留められていたのに対し、サムスンのブースは入場制限をしていたせいもあるが、入場登録後に入れるのは140分後という活況ぶりであった。
まずは、モニターやテレビの展示であるが、毎年4Kや8Kなどの画質の高精細化に関する話題はことを欠かないが、マニアや専門家でもない限り、これ以上高画質になっても違いは分からないし、もう十分だと思っていた。しかし、「MicroLED」の画質は、外の風景が映し出されれば、そこに本物の窓があるかのような奥行き感やリアリティを感じた。さらに興味を引いたのは、反射防止ディスプレイを搭載した「Frame」である。これは、周囲の照明や太陽の光などの映り込みを完全に無くし、マットなキャンバスや紙の質感をリアルに表現しており、本物の額縁を飾っているかのようだった。写真を見てもらってもその違いは一目瞭然だ。
さらに、サムスンはこれらをスマートTVとして、様々なアプリや機能を搭載させているが、極め付けは何とNFT(非代替トークン)の取引や表示が可能なプラットフォームにするという。高額で取引されるNFTアートを高精細な画面で鑑賞したり、PCではなくリビングで視聴する需要は、確かに将来的にあってもおかしくない話だ。
ここで改めて気づいたのは、在宅勤務などの急増に伴う「家」の重要性である。オフィスに居るよりも在宅時間が長くなっている今、家には益々快適性を求めることになる。それを実現するのが「スマートホーム」であろう。決して新しいコンセプトではないが、テレビは映画やドラマを観るものだけでなく、NFTアートを鑑賞したって良いし、PCの代わりを担っても構わない。部屋のどこにいてもテレビやモニターにAIアシスタントが追随して映し出され、家電や家庭用ロボットと連携して、生活をサポートするコンセプト動画が流れていたが、このような家全体の連動感がスムーズに実現できれば、スマートホームの完成形なのではないと思った。
現実は、AmazonのAlexa、GoogleのGoogle Home、AppleのHomePod に代表される音声アシスタントを中心にスマートホームをコントロールしていく未来が描かれることが多かったが、各社製品の相互接続性はなく、周辺機器の選定にも影響が出るため、どのメーカーを選択するかは一大決心が必要であった。これに一石を投じたのが、スマートホームプロジェクト「Matter」というIPプロトコルの新規格で、昨年5月の発表時に各3大メーカーが対応を発表したことで注目が集まった。1
今回のCESにおいて、スマートホーム製品を出展する多くの企業がMatter対応であることを強調していた。Matterは無償でライセンス利用可能で、5月時点で180社が対応を発表していたが、現時点では220社を超えている。サムスンもスマートホームHUBを初め、各種製品にMatterを採用することを発表していた。スマートライトやスマートキー、ホームセキュリティブランドなどの多くがMatter対応製品をリリースすることで、特定メーカーに依存しない相互連携可能なスマートホームが実現することになる。天然木を使用したUIで毎年CESで人気を集めている日本の「Mui」もMatterに対応をしたことで、他社製品との連携が容易になり、デバイスとして広がりが出ると力説してくれた。
音声コマンドによる操作が、スマートホーム・デバイスの主流だと思っていたが、コロナ禍において注目を集めていた非接触技術をスマートホームへ適用するコンセプト展示がいくつか見られ、その可能性を感じさせられた。
ソファーに座ったまま、テレビに向かって指差ししてビデオの早送りをしたり、音量を変えたりするジェスチャーで家電をコントロールする訳だが、コンピュータビジョンを使って人の動作やジェスチャーを認識させ、何もない空間上を操作することで、リモコンをいちいち探す必要もないし、スマホや時計型デバイスを四六時中身に付けている必要もない。ライトのように天井に吊るすことが可能な小型プロジェクターも話題になっていたが、これらを使ったプロジェクションマッピングと連動させれば、映し出された操作画面に向かってジェスチャーするなど、その操作感はより増すこととなり、十分に現実感のある仕組みになるのではないだろうか。
もう少し発想を広げれば、今回のCESで不作だったVR/ARゴーグルなどのデバイス進化を待つことなく、部屋ごと、いや家ごと、スマートTV、コンピュータビジョン、プロジェクションマッピングを連動させ、(擬似的な?)仮想空間にしてしまえば良いのではないかと考えた。ゴーグルやPCで見える画面をプロジェクションマッピングで部屋ごと再現し、コンピュータビジョンで読み取られた自分自身のアバターは、自分の動作やジェスチャーと連動してリアルタイムに動き、音声指示も可能、NFTや暗号通貨を使った取引もスマートTVやPCを連携していれば、何も机の前に座って重たいゴーグルを付ける必要もないのである。これぞ「ホームメタバース化」ではないだろうか。メタバースの定義そのものも定まっていない状況下で、新しいVR/ARゴーグルのリリースをただ待ち続けるのではなく、もっと新しいアプローチがあっても良いのではないだろうか。
ソニーのEV車販売も大きな話題であったが、車内で映画やゲームなどのエンターテイメントを楽しめるというのが一つのアピールポイントでもある。しかし、今後通勤などで車を使う移動は明らかに減少するだろうし、自動運転が普及したとしても限られた移動時間の中でのエンターテイメントは、限定的なコンテンツ消費でしかないように思う。ユーザーの拘束時間を最も獲得できるのは、もはやモバイルでもなく、ホームなのかもしれない。コロナが落ち着けば状況は変わるかもしれないと思っていたが、オフィスに戻りたいと思っている人は圧倒的に少数派だと理解すれば、ビジネスの主戦場は「Home」だと考えるのは妥当ではないだろうか。
ソニーのEV車についてもう少し言及すると、自社のセンサー技術、バッテリー技術、映画やゲームコンテンツなど、既存資産の強みを活かしたアプローチと捉えられるが、見方を変えれば既存資産を集めて車の形にしただけではないかとひねくれた見方もできる。ソニーだからこそ出来た車ではなく、ソニーでも出来たから、今後もっと異業種から参入があるだろうねというのが周囲の声である。事実、途上国と呼ばれるベトナム初のEV自動車メーカー「VinFast」が2017年に誕生し、すでに25万台の生産能力を持ち、全米での販売を控えている。CESの会場にも展示され、ブロックチェーン技術を使った予約や決済、車両所有の保証、メンバーシップ保証をするNFTの提供など、新しい取り組みがニュースになっていた。中国の自動車メーカーの台頭と同様に誰もが参入可能で、数年のうちに既存の自動車メーカーと肩を並べることが可能な時代において、デザインやエンタメなどではなく、圧倒的な技術力や発想力を示すことをソニーには期待せずにはいられない。
今年のCESは、中国企業が不在だったせいもあるが、韓国企業が目立っていたのは紛れもない事実である。かつて日本企業が幅を利かせていた家電分野の衰退はもう随分昔の話ではあるが、今や完全に韓国企業に取って代わられたという印象をより鮮明にさせられた。
一方で、想像を絶する驚きの製品に出会うこともなかった。ニッチで小技の効いた製品は多種多様に存在するが、来場者は世界を変えていくかもしれないワクワクする物を求めて会場に足を運んでいるはずだ。そんな時にこそ、日本の持つ技術力と洗練されたセンスを活かし、世界に出てアピールする力さえあれば、もっと大きな影響力を発揮できるはずだと、何の根拠もないが漠然とした熱い感情が湧き上がってくる。
また、未だ落ち着きを取り戻せないコロナ禍でハイブリッドで開催されたイベントとして、人が集まることの意義や情報収集と体感の違い、移動と時間、家や場所の価値などを改めて考えさせられる機会でもあった。分断が続いている米国において、思想や価値観は一つではなく、それを統一することもまた困難です。感染リスクを負って現地へ出向く人、参加を取りやめる人、判断基準は様々です。この多様性や柔軟性こそが、新しい何かを生み出す原動力なのかもしれない。
画一的なマーケティングメッセージやバズワードに踊らされずに、ニッチであまり日の目を浴びていないような物にこそ、もっと着目して未来を見出すようにしていかなければと反省を込めて、次回へ繋げていくこととする。
IoTスマートホームの新接続規格「Matter」がリリース(Weekly newsletter #30)
IoTの標準規格団体の Zigbee Allianceは、Project Connected Home over IP(CHIP)というIoTスマートホームプロジェクトに「Matter」というIPプロトコルを新たに追加しました。Zigbee自体の名称もConnectivity Standards Alliance(CSA)に変更します。Matterは、ロイヤリティフリーの規格として180社以上の企業がサポート。対応製品は今年後半に発売され、Alexa、Siri、Googleアシスタントなどで動作することが保証されています。