皆さん、SONiCというオープンソースをご存じでしょうか?
一般にはあまり馴染みがないと思いますが、クラウドやデータセンターの成長の影で、大きく飛躍しようとしている状況を知り、SONiCとその関連ベンダーの動向について注目してみました。
クラウドインフラ市場の成長
近年のクラウド市場は、脅威的な成長を続けており、その勢いは衰える気配がありません。2021年のクラウドインフラへの企業支出は、前年より37%増加して1,780億ドルに達しました。ハイパースケーラーと呼ばれるクラウドプロバイダーの中で、Amazon(AWS)は、依然として市場をリードして世界市場シェアの33%を保持していますが、Microsoft(Azure)は、2017年末から成長し続けており、21%の市場シェアにまで迫っています。
データセンタースイッチ市場とオープンソースNOSの拡大
クラウドインフラ市場と同様にデータセンタースイッチの市場も2桁成長を遂げています。エンタープライズ市場で最もシェアを持つCiscoが収益を鈍化させているのに対して、ハイパースケーラーが利用するホワイトボックスベンダーやArista Networks、Juniperが大きく収益を成長させている。また、ハイパースケーラー中心に200GbEまたは400GbEの高速スイッチの導入が加速されており、Googleは今年中に800GbpEのスイッチを展開すると予測されている。
ハイパースケーラーは、インフラを迅速かつ容易に拡張するために、適切なチップやOS、管理ツールやオーケストレーションツールを自ら選択し、オープンソースの採用やハードとソフトウェアの分離を実現してきている。
その代表例が、ホワイトボックススイッチであり、オープンソースのネットワークオペレーションシステム SONiC(Software for Open Networking in the Cloud)である。SONiCベースのスイッチを使うことにより、設備投資を50%削減し、運用コストを30%削減するほどの優位性があると言われている。
SONiCは、ハイパースケーラー中心に利用されているため、一般にはあまり知られていない印象だが、Gartnerによると、2025年までに大規模なデータセンター(200台以上のスイッチ)の40%がSONiCを採用すると予測している。
IDCでも、2025年にはSONiCベースのスイッチの売上が25億ドル、データセンタースイッチ全体の14.4%に達すると予測している。既にMicrosoft Azure、Baidu、T-Mobile などの多数のSONiCユーザーがおり、推定380 万ポート以上が導入されているという。1
今後、ハイパースケーラーだけでなく、通信サービスプロバイダーや中規模のクラウドプロバイダー、エンタープライズ企業のオンプレミスデーターセンターなどへもSONiCが広がっていく可能性が高いと考えられている。
さらに、この動きを後押しするかのように、今年2022年4月14日にSONiCの管理がMicrosoftから非営利組織の Linux Foundation に移管されることが発表された。
SONiCとは
では、SONiCとはどのようなものかを少し見ていこう。
SONiCは、2016年にMicrosoftによって開発されたLinuxベースのネットワークオペレーティングシステム(NOS)で、翌年2017年に Open Compute Project(OCP)に寄贈されオープンソース化された。
SONiCは、SAI(Switch Abstraction(抽象化)Interface)という主要コンポーネントで構成され、ベンダーに依存することなく制御可能で、様々なスイッチやASIC(特定用途向け集積回路)上で動作が可能です。
BGP(Border Gateway Protocol)やRDMA(Remote Direct Memory Access)、QoSなどのネットワーク機能をフルサポートしており、クラウドデータセンターの信頼性や可用性を高めることを目的で開発され、実際にMicrosoft Azureのクラウドデータセンターの基盤として稼働している。
Microsoftの調査ではあるが、Azureの18万台のスイッチは、通常3ヶ月以内に2%が故障していたが、NOSをSONiCに置き換えたとにより、故障率は半減したというレポートを出している。
SONiCが支持されているもう一つの特徴は、コンテナ化されている点にある。複数の機能は、コンテナ化されたコンポーネントに分割されているため、新しい機能追加やアップグレードが容易に可能です。コンテナ化により、オープンなコラボレーションが加速され、様々な設定や管理ツールが開発、追加され、優れた拡張性を発揮している。
SONiCは、すでに有望なオープンソース・コミュニティとしても成長しており、Dell、Arista、Nokia、Apstra、Alibaba、Comcast、Cisco、Broadcom、Juniper、Edgecore、Innovium、Nvidia-Mellanox、VMwareなど、クラウドプロバイダーだけでなく、チップメーカーから各サプライヤー、ネットワークハードウェアベンダーまで、850社を超える様々な企業によってエコシステムが形成されている。2
今後、SONiCは、54万人超のオープンソース開発者の中心的なハブになっているLinux Foundationに移管されることにより、さらにNOSとしての規模や用途を拡大していく可能性を秘めている。特にエンタープライズ・コミュニティとの距離を縮め、企業がより簡単にSONiCを採用できるようになることが期待されている。
Comcast や eBay などは、すでにSONiCを使用してデータセンター管理している企業で、Linux サーバーと同じ自動化・管理ツールを利用し、インフラ全体の一貫した運用が可能となり、設備投資や運用コストの削減につながっているという。また、複数ベンダーのハードウェアが使用でき、それら全てを1 つのユニットとして管理できることは、SONiCの1つの価値であり、昨今のサプライチェーンの問題により、調達納期が長期化する中では、複数ベンダーのハードウェアを組み合わせて使用可能な機能は、これまで以上にその重要性を増していると言えるかもしれない。3
SONiCをサポートするネットワークベンダー
ここからは、SONiCに関わる主要なベンダーの動向を少し遡って見てみよう。Cisco、Arista Networks、Juniper などの各ネットワークベンダーは、独自のネットワークOSとハードウェアによって差別化を図ってきたが、オープンソースのSONiCをサポートすることにどんなメリットがあるのか?またはどんな脅威になるのか?
ネットワークベンダーにとって、現在のハイパースケーラーの著しい成長は、ビジネス上最も影響のある市場だと言って間違いないだろう。そんなハイパースケーラーが独自のNOSを作ったり、オープンソースを使用して、ホワイトボックスサプライヤーから大規模なハードウェア調達することを、各ベンダーは放っておけなくなったのではないかと想像できる。いわば、売手と買手の力関係がすでに逆転しているといった感じであろう。
また、独自のNOSが乱立するよりも、大規模データーセンター向けのNOSとして、SONiCが広範に採用されれば、各ベンダーのASICやハードウェアへの移植が容易なため、自社製品が採用される機会が高まると考えるべきであろう。さらに、ハイパースケーラーで実績を積み、信頼性や可用性が担保されているSONiCは、次のユーザー層へ拡大していくことが見込まれており、これに適応していくことは避けられないと言えるかもしれない。
もはや、NOSでのベンダーロックインするよりも、オープン性を志向し、NOSの上にどのような付加価値をつけられるかが重要になってきているということだ。
Ciscoの戦略は、下記の図を見ると非常に分かりやすい。
Cisco製チップのSilicon One ASICを搭載したCisco8000シリーズは、NOSにIOS-XRだけでなく、SONiCをサポートしている。① IOS-XRを選択して完全な統合システム環境を構築することも可能だが、② ハードウェアのみCisco 8000を採用し、SONiCを実行させることも可能だ。さらに、③ Silicon Oneチップのみを提供し、ホワイトボックスとSONiCで運用することも可能だ。いわば全方位的な対応で、様々なユーザーの要求に応えていく姿勢を見せている。4
Arista Networksは、ハイパースケーラー向けの100GbEや400GbEポートのスイッチ市場でシェアNo1を誇っている。昨年Microsoft との提携も果たし、SONiCと自社製NOSのEOS(Linuxベース)を柔軟に組み合わせて提供できるようにしている。
2021年の全体的な売上高は27%増の29.5億ドルに急増しており、2022年の第1四半期の売上高も前年同期比31%増の8.7億ドルに達している。そして、その売上先の10%超がMicrosoftとMetaで占められていると言われる。5
Juniperは、QFXスイッチとPTXルータの一部でSONiCを実装している。Juniperは、SONiCをルーティングエンジン(RE)で実行できるようにプラグインして、ポリシーベースのルーティング、テレメトリ、自動化、プログラマビリティを実現している。さらに、インテントベースネットワーク(IBN)のパイオニアとして知られるApstraを昨年買収しており、SONiCやVMware NSXをサポートし、物理と仮想インフラの一貫した自動化、マルチベンダー環境でのポリシー管理機能などを強化している。6
Nokiaは、4月にMicrosoft Azure データセンターにSONiCを実行する400GbEスイッチ72501XRを導入することを発表した。Nokiaは、2020年にデータセンタースイッチ分野に新規参入したにも関わらず、Aristaなどの競合から採用を勝ち取ったことになる。MicrosoftのNokia採用は、厳しい価格や条件をクリアしたことによるものではあるが、SONiCのコミュニティに対するNokiaの多大な貢献が影響しているという。また、将来的に400GbEから800GbEスイッチへの拡張を約束しているという。
高速化の実現には、電力効率とコスト低減を踏まえた適切な光ネットワーク技術が重要となるが、これには、2020年にシリコンフォトニクス技術を持ったElenion Technologiesを買収していることが寄与しているものと思われる。7
SONiCを前提に垂直統合をはかるチップベンダー
ハイパースケールデータセンターをターゲットにしたプレイヤーは、ネットワークベンダーばかりではない。チップメーカーやASICサプライヤーと言われるような企業の動きも活発だ。
データセンタースイッチの市場では、BroadcomのASICが65%ほどのシェアを取っていると言われるが、その他に、Innovium(Marvell)、Marvell、Mellanox(NVIDIA)、Intel などの数多くのASICサプライヤーがSONiCをサポートしている。
その中で早い動きを見せたのはNVIDIAだった。GPU中心のNVIDIAだが、データセンターそのものを大きな高性能コンピュータとして捉え、2020年にLinuxベースのNOSを開発していたCumulus Networksと、ASICだけでなくスイッチやSmartNICなども開発製造していたMellanoxの2社を矢継ぎ早に買収した。ホワイトボックスにASICを提供するだけでなく、SONiC利用を前提としてハードウェアからソフトウェアまでの垂直統合的な戦略を打ち出している。ハイパースケーラーに対して、GPU以外でも影響力を発揮していく様相だ。8
Innoviumは、ハイパースケーラーなどのハイエンドスイッチ向けASICを開発しており、Teralynxという電力効率の高いスイッチチップを提供している。また、TeraCertifiedというプログラムを通じて、SONiCとTeralynx ASICとの接続性や動作検証サービスを提供している。オープンソースとホワイトボックスの統合や検証などの分野は、経験のあるエンジニアが不足していることから、導入を躊躇する企業などをサポートする仕組みを作り上げていた。
そして、Innoviumは、2021年にチップメーカーのMarvellに買収された。Marvellは、5Gネットワーク向けなどの様々なICチップの開発を得意としていたが、近年データセンター市場向けに注力して積極的に買収を行っている。2019年に高性能ASIC開発に関わる企業2社、2020年には光ネットワークチップ企業を1社買収しており、Innoviumを含めてハイパースケールデータセンター向けの戦略的なピースが揃ってきたという状態だ。9
従来のネットワークベンダーは、独自のNOSによって差別化を図ってきたが、これをSONiCに置き換えられることができれば、元々NOSを持たないプレイヤーにとっても、大きなビジネスチャンスとなる。InnoviumのようなODM(Original Design Manufacturer:オリジナルデザイン製造)企業は、自社ブランドまたはホワイトラベル製品として、ネットワークベンダーの供給元でしかなかったところが、垂直統合を加速させ、ネットワークベンダーと直接肩を並べることも可能になる。
チップベンダーがもう一つ考慮すべきは、ハイパースケーラー自身がカスタムチップの製造を指向していることである。これが加速されるとOEM(相手先ブランド供給)先の一つでしかなくなるため、カスタムチップを不要にするような先進性やコストの優位性を発揮していかないと、垂直統合化の意味合いは薄れてしまう。
ODMとOEMは、企業の資本力やリソース、市場環境(期間やコスト)などによって、どちらのビジネスモデルが良いかは単純に言えるものではないが、少なくともNVIDIAとMarvellは垂直統合化により、データーセンター市場における優位性を確保しようとしているようだ。
SONiCの可能性
各調査会社の予測や各ベンダーの動向から見て、ハイパースケーラーまたは大規模データセンターにおいて、SONiCの人気が高まっていることは事実であろう。しかし、オープンソースという特性上、今後どこまで採用が広がっていくかは、やや懐疑的に見てしまうというのが正直なところだ。
オープンソースは、無料で誰でも利用ができ、技術や利益を誰かが独占することなく、コミュニティの中で課題解決や技術的な発展を遂げていくという高尚な側面がある一方、それを使ってどのように儲かるビジネスにしていくのか、利用者は専門スキルの獲得や問題発生時のリスクをどのように担保していくのか、というハードルをいくつか越えていく必要がありそうだ。
今後データセンターにおいては、高速化と電力効率の追求がもっとも重要な要素になってくると思われるが、これにはシリコンフォトニクスの技術が欠かせない。近年、シリコンフォトニクス企業の買収の動きも活発なことを考えると、データセンタービジネスの主戦場はすでにNOSではないところにあるのだろう。もちろん、ソフトウェアは非常に重要な要素だが、SONiCを中心として自動化や信頼性向上などの付加的機能を成熟させ、中小規模のデータセンターやエッジへのダウンサイジングしていくことが主軸になっていくと考えれば、SONiCを前提とした環境構築が拡大していく余地は十分にあるのかもしれない。
技術的な理解が不十分で、周辺動向からの推察でしかないため、今後オープンソースとしてのSONiCがどのように発展していくかは不透明だが、関連ベンダーの動向も踏まえて、今後も注視していきたい。