Weekly Newsletter #258
自分が作った職業を、自分のスタートアップで消滅させる - Palantir でFDE モデルを創った二人がSequoia の支援で始めたEdraが挑戦する人間の暗黙知のAI への移植。エンタープライズではOpenAI とNVIDIA がエージェント基盤で激突し、その全てを支えるはずのデータセンターは全米で住民の壁にぶつかっています。
こんにちは、3月はRio がお届けします。
photo: GTC 2026 基調講演の様子、撮影: 筆者
今週はNVIDIA GTC 2026に参加してきました。
約2時間半に及ぶJensen Huang のキーノートの最後に、会場が一番沸いた瞬間は新しいGPU でもなければ、$1Tの需要予測でもなく、ディズニー映画アナと雪の女王 のオラフでした。
Walt Disney Imagineering R&D が開発したこのロボット版オラフは、レールも遠隔操作もなく、自分の足で自由に歩き回ります。
頭脳はNVIDIA Jetson、物理シミュレーションにはNVIDIA、Google DeepMind、Disney Research が共同開発したオープンソースの物理エンジンNewton が使われています。
Disney Research チューリッヒ研究所のKyle Laughlin 氏によると、深層強化学習によるシミュレーション上での歩行訓練は、人間の子どもが歩けるようになるまでの時間のほんの一部で完了したそうです。
面白いのは、オラフが船の上で揺れながらバランスを取る訓練も受けていること。
3月29日にディズニーランド・パリの新エリアWorld of Frozen でデビューする予定ですが、その舞台はラグーンの上を走るボートだそうです。
揺れる船上で転ばずに立っていられるよう、ごく短時間のシミュレーションで船酔いしない脚を獲得したとのこと。
Jensen Huangが
将来のディズニーランドを想像してみてください。
こうしたキャラクターたちがパーク中を歩き回る世界を
と語ったとき、会場の参加者たちからは歓声が上がっていました。
それでは今週も注目ニュースをお届けします。
先週のニュースレターを見逃した方はこちら
Weekly Newsletter #257: AIインフラの勢力図が静かに変わり始めています。AIクラスターではEthernet がInfiniBandを上回る成長を見せ、新しいAIネットワーク企業が登場し、AI専用クラウドには数十億ドル規模の資金が流入しています。今回はGPU時代の次に来る「AIデータセンター競争」の最新動向をまとめました。
Weekly Newsletter #256: あなたのSD-WAN は3 年間、誰かに覗かれていたかもしれません - CVSS10.0 のゼロデイが静かに暴かれた週、NVIDIA は銅線の限界を見切って光に40 億ドルを賭け、ホワイトハウスではビッグテック7 社が「電気代は自分で払います」と誓わされていました。
Palantir のFDE を生んだ二人がAIで置き換える - Edraが$3,000万のSeries A を調達
Photo: Unsplash(@thisisengineering)
📚 トピックのポイントを3行で
PalantirでForward Deployed AI Engineerの役職を創設した二人が退社し、その役割をAIで代替するEdra を設立
Sequoia Capital 主導で$3,000万 (約45億円) のSeries A を調達し、ASOS、HubSpot、Cushman & Wakefield などが顧客に
企業の暗黙知をサポートチケットやログから自動抽出し、AIエージェントが即座に業務を学習・実行する仕組み
AI エージェントが企業に浸透するためには、その会社でしか通用しない暗黙のルールや手順をいかにAI に教え込むかが最大の課題とされています。
シリコンバレーではこの課題をFDE (Forward Deployed Engineer: 顧客先に常駐して技術を現場に適合させるエンジニア) と呼ばれる人材が担ってきましたが、そのFDEモデルを自ら創り出した張本人たちが、今度はFDE をソフトウェアで置き換えるスタートアップを立ち上げました。
3月18日、Edra がSequoia Capital 主導のSeries Aで$2,380万を調達したことが報じられました。
シードラウンドの$650万と合わせ、累計調達額は$3,000万 (約45億円: $1=150円換算) に達しています。
8VCとA*もシード・Series Aの両方に参加しています。
共同創業者のEugen Alpeza 氏とYannis Karamanlakis 氏は、Palantir Technologies で7年にわたり中核的な役割を果たした人物です。
Alpeza 氏はPalantir の米国商業部門のGo-to-Market 戦略を構築し、同社最大級の顧客であるAT&T との取引を立ち上げました。
2023年にはCEO Alex KarpのもとでPalantir AI Platform の立ち上げを指揮しています。
Karamanlakis 氏はPalantir 初のForward Deployed AI Engineer となり、LLM をデモから本番環境へ移行させるチームを率いていました。
FDE とはいったいなんでしょうか?
Palantir が2000年代から確立してきたモデルで、優秀なソフトウェアエンジニアを顧客企業に前線配置(forward deploy) し、その企業独自の業務プロセスやデータ構造に合わせてソフトウェアをカスタマイズする役職です。
Palantirは一時期、通常のソフトウェアエンジニアよりもFDE の方が多かったとされ、この現場密着型 のアプローチが同社の急成長を支えました。
現在ではOpenAI も自社のFrontier プラットフォームの導入支援にFDE を配置しており、AIエージェント時代のエンタープライズ営業における最終兵器 としてシリコンバレーで注目を集めています。
しかし、FDE モデルには構造的な限界があるようです。
高度なスキルを持つエンジニアを顧客ごとに常駐させるため、コストが非常に高いという問題があります。
業務プロセスが変更されるたびに再学習が必要となり、スケールしにくいことに加え、属人的な知識に依存するため、エンジニアが離脱すると蓄積されたノウハウも失われるリスクがあります。
Edra はこの問題を、テクノロジーで正面から解こうとしています。
同社のアプローチは、企業が日々生成している既存のデータ(サポートチケット、メール、チャット履歴、システムログなど) を分析し、そこから業務手順やエスカレーションパス、例外対応のルールを自動的に逆算 (reverse engineer) するというものです。
Alpeza氏はこれを暗黙知の動的なナレッジベース化と表現しています。
従来のアプローチでは、AIエージェントに業務を教えるために人間がステップバイステップのマニュアルを作成する必要がありましたが、Edraではこの工程が自動化されます。
さらに、ブラックボックス型のファインチューニングとは異なり、Edra が学習した内容は透明かつ編集可能で、管理者はAI が何を、なぜ学んだかを確認、修正できるとのことです。
現在の主力ユースケースはITSM (IT Service Management: ITサービス管理) と顧客テクニカルサポートの自動化です。
英国のオンラインファッションリテーラーASOS、マーケティングプラットフォームのHubSpot、不動産サービス大手のCushman & Wakefield などが顧客に名を連ねています。
Sequoia Capital のパートナーであるLuciana Lixandru氏は
ITSMだけでも非常に大きな市場を獲れる
と述べています。
参考文献
Exclusive: Former Palantir execs raise $30M for new startup - Axios Pro https://www.axios.com/pro/all-deals/2026/03/18/palantir-edra-30-million-ai-instruction-forward-deployed
Partnering with Edra: Context for Agents at Scale - Sequoia Capital https://sequoiacap.com/article/partnering-with-edra-context-for-agents-at-scale/
AIデータセンター建設、最大50%が遅延 - 電力不足と住民反対が$1T投資計画に立ちはだかる
Photo: Pixabay(@Alexandra_Koch)
📚 トピックのポイントを3行で
2026年稼働予定のデータセンターの30〜50%が電力、住民反対、機器不足で遅延する見込み
全米10州以上で新たなモラトリアム提案が相次ぎ、住民の拒否権が構造的な障壁に
テキサス州では$1.5Bの計画が住民投票で白紙となり、経済効果だけでは承認が得られない時代に
AIインフラへの投資が過去最高を更新し続ける中、その受け皿となるデータセンターの建設が深刻な壁に直面しているようです。
エネルギー、気候データ分析企業のSightline Climate が2月に発表したレポートによると、2026年に稼働予定の大型データセンター約140件のうち、30〜50%が予定通りに稼働できない可能性があるとのことです。
計画されている新規容量は合計で約16GW (ギガワット) に達し、2025年に建設された容量のほぼ3倍という驚異的な規模です。
しかし、実際に建設工事が進行中なのはわずか5GW程度にとどまっています。
大型データセンターは許認可取得後も稼働まで通常1年以上を要するため、年内の稼働に間に合わない計画が相当数にのぼるとみられます。
遅延の要因は大きく3つに分けられます。
第一に電力供給の制約です。全米最大の電力網であるPJM Interconnection (米国東部の広域をカバーする地域送電機関) では、データセンターの電力需要が系統の限界を押し上げつつあり、バージニア州北部では新規大型案件の系統接続に3〜5年の待ち行列が発生しています。
Dell’Oro Group の最新レポートでは、2026年のデータセンター設備投資が$1T (約150兆円) を超えると予測されていますが、その投資を受け入れるだけの電力インフラが追いついていないのが実情です。
第二に、地域住民の反対が急速に強まっています。
Axios の報道によると、直近1か月だけでニューヨーク、ミシガン、バージニア、オクラホマなど米国10州以上で新たなデータセンター建設モラトリアム(一時凍結) の提案が確認されました。
これは異例のペースとされています。
最も象徴的な事例はテキサス州サンマルコスで起きました。
開発企業Highlander SM One LLC が提案した$15億 (約2,250億円) 規模のハイパースケールデータセンター計画に対し、100人以上の住民が公聴会で反対を表明しました。
このデータセンターの想定電力需要は市のピーク負荷の約2.5倍に達するとされ、水不足が慢性的な同地域では水資源への影響も大きな懸念材料となりました。
結果として市議会は5対2で用途変更を否決し、計画は事実上白紙に戻されています。
ニュージャージー州ニューブランズウィックでは、さらに踏み込んだ動きがありました。
特定のプロジェクト提案がなされる前の段階で、市議会がデータセンターを再開発計画の許可用途から除外したのです。
住民運動が事後の反対から事前の排除へと進化していることを示す事例といえます。
S&P Global の分析によれば、バージニア州のデータセンターは2026年に16.6GWの系統電力を必要とし、2025年の13GWから28%増加する見込みです。
住民の間では電気料金上昇の主因がデータセンターにあるとの認識が広がっており、世論調査でも大多数が州議会にDC 成長の管理強化を求めています。
こうした状況を受けて、一部のハイパースケーラーは自前の発電設備を併設するハイブリッド型にシフトしつつあります。
Google がエネルギー企業Intersect Power を買収したのもその一例です。
ただし、Sightline Climateの分析によると、2026年中に稼働予定の案件の過半数は依然としてグリッド接続型であり、完全なオフグリッド型はわずか3%にとどまっています。
日本でもデータセンターの集積が進む千葉県印西市や北海道石狩市などで、電力需要や環境負荷を巡る議論が始まりつつあります。
米国の事例は、AIインフラの物理的な制約が技術や資金の問題だけでなく、社会的合意形成という新たなハードルを含んでいることを示しているように思われます。
今後のデータセンター戦略において、どこに建てるかと同じくらい地域社会とどう共生するかが問われる時代になりつつあるのかもしれません。
参考文献
Data center outlook: half of 2026 pipeline may not materialize
https://www.sightlineclimate.com/research/data-center-outlookUp to half of the world’s data centers may be delayed this year - Latitude Media https://www.latitudemedia.com/news/up-to-half-of-the-worlds-data-centers-may-be-delayed-this-year/
Community Opposition Emerges as New Gatekeeper for AI Data Center Expansion - Data Center Frontier
https://www.datacenterfrontier.com/site-selection/article/55359925/community-opposition-emerges-as-new-gatekeeper-for-ai-data-center-expansionWhy the AI data center boom is stalling worldwide - Axios https://www.axios.com/2026/02/24/ai-data-center-boom-projects-numbers
Data center opposition gains momentum as power demand spikes - S&P Global https://www.spglobal.com/energy/en/news-research/latest-news/electric-power/012926-data-center-opposition-gains-momentum-as-power-demand-spikes
Data Center Capex Surges 57 Percent in 2025 - Dell’Oro Group https://www.delloro.com/news/data-center-capex-surges-57-percent-in-2025-as-ai-deployments-accelerate/
OpenAI Frontier × NVIDIA NemoClaw - エンタープライズAI エージェント基盤の覇権争いが始まった
Photo: Pixabay(@Alexandra_Koch)
📚 トピックのポイントを3行で
OpenAI がエージェント管理基盤Frontier を発表し、Uber、State Farmなどが初期導入
NVIDIA はGTC 2026 でオープンソースのAgent ToolkitとNemoClaw(OpenClawのエンタープライズ版) を発表し、Adobe、SAP、Salesforce など17社が採用
SaaSのシート課金モデルを根底から揺るがすAgentic-as-a-Service への転換が始まりつつある
AI エージェント、つまり人間に代わって自律的にタスクを実行するソフトウェアが、いよいよ企業IT の中核に入り込もうとしています。
その入り口を巡って、OpenAI とNVIDIA が対照的なアプローチで正面からぶつかり合う構図が鮮明になってきました。
OpenAI が2月に発表したFrontier は、企業がAIエージェントを構築、展開、管理するためのエンドツーエンドのプラットフォームです。
Fidji Simo (OpenAIアプリケーション部門CEO、元Instacart CEO) は、Frontier を
エンタープライズのオペレーティングシステム
と位置づけています。
Frontier のユニークな点は、AIエージェントを人間の新入社員 と同じように扱うという設計思想にあります。
各エージェントに固有のID(アイデンティティ) を付与し、アクセス権限を設定し、オンボーディング(業務理解のプロセス) を経て、フィードバックを通じて改善させるという人事管理の通例がそのまま技術アーキテクチャに反映されています。
Uber、State Farm、Intuit、Thermo Fisher などが初期顧客として名を連ねています。
一方、NVIDIA はGTC 2026でAgent Toolkit というオープンソースのエージェント開発基盤を発表しました。
その中核となるのがNemoClaw です。
これは史上最速で普及したオープンソースプロジェクトとされるOpenClaw(AIが自律的にメール送信、ウェブ閲覧、ファイル操作などを行えるツール) に、企業向けのセキュリティ、プライバシー・ポリシー制御を追加したものです。
Jensen Huang CEOはキーノートで次のように語りました。
Claude CodeとOpenClawがエージェントのインフレクションポイントを生み出した。
エンタープライズソフトウェア産業は専門的なエージェンティックプラットフォームへと進化するだろう
この発言の背景には、NVIDIAの周到な囲い込み戦略があります。
Agent Toolkit の採用企業として名を連ねたのはAdobe、Salesforce、SAP、ServiceNow、Siemens、CrowdStrike、Atlassian、Cadence、Synopsys、Palantir、Box、Cohesity、Dassault Systèmes、Red Hat、Cisco、Amdocs の計17社です。
これらの企業はほぼすべてのFortune 500企業に何らかのソフトウェアを提供しており、NVIDIA は事実上、エンタープライズAI エージェントの標準プラットフォーム層を押さえにかかっているといえます。
セキュリティ面では、NVIDIA のOpenShell というオープンソースランタイムが、エージェントの行動にポリシーベースのガードレールを適用します。
Cisco、CrowdStrike、Google、Microsoft Security、TrendAI がOpenShell との互換性を構築中とのことです。
両社のアプローチには明確な違いがあります。
OpenAIのFrontier はクローズドなプラットフォームとして統合的な体験を提供する一方、NVIDIA はオープンソース戦略でエコシステム全体に浸透させようとしています。
ただし、どちらのアプローチも最終的にはNVIDIA のGPU を消費する方向に収束するという点は見逃せません。
この動きが従来のエンタープライズソフトウェア業界に与える影響は甚大です。Fortune の報道によれば、Frontier のようなプラットフォーム上でAIエージェントがSalesforce にログインすることなく営業ワークフローを完了できるようになれば、シート課金という現在のSaaS ビジネスモデルの根幹が揺らぐ可能性があります。Salesforce、ServiceNow、Workday など大手SaaS企業の株価が、AIエージェント関連の発表のたびに変動しているのはこの懸念を反映しているようです。
参考文献
Nvidia launches enterprise AI agent platform with Adobe, Salesforce, SAP among 17 adopters at GTC 2026 - VentureBeat
https://venturebeat.com/technology/nvidia-launches-enterprise-ai-agent-platform-with-adobe-salesforce-sap-amongNVIDIA Ignites the Next Industrial Revolution in Knowledge Work With Open Agent Development Platform - NVIDIA Newsroom https://nvidianews.nvidia.com/news/ai-agents
OpenAI launches Frontier, an AI agent platform that could reshape enterprise software - Fortune
https://fortune.com/2026/02/05/openai-frontier-ai-agent-platform-enterprises-challenges-saas-salesforce-workday/OpenAI launches a way for enterprises to build and manage AI agents - TechCrunch
https://techcrunch.com/2026/02/05/openai-launches-a-way-for-enterprises-to-build-and-manage-ai-agents/
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